ウォーキング・デッド一気視聴

第2シーズンを視聴

ハイウェイでソフィアが失踪するくだりだけで1話分持たせたのは上手かった。緊張感を保ったまま引きつけてくれたし、神にサインをくれと祈った矢先でのカールが倒れる場面。見事に(いい意味で)はぐらかされた。その後の第2話、第3話に対しては、ややスローペース過ぎると感じた。語られる内容に見合わない時間をかけ過ぎで、丁寧というよりも停滞期に陥っている。シェーンの変貌は、今後の流れを思い返せば確かに重要ではあったが。

活躍のないTドッグの存在感がたいへんまずい。唯一残った黒人であるのに、まるで居ないも同然だ。別のことでも気になった。例えば、10代後半の生意気盛りで無軌道な若者らしい力という描かれ方が、このドラマでは出てこない。そもそも該当する年頃の主要登場人物がおらず、たまに出てきてもまるで脇役扱いで、リックら大人の登場人物ほどの重要性でもっては描かれない。せいぜいグレンのような御しやすいタイプか、さもなければ歯向かってくるチンピラでしかない。これはもう意図的に、12歳の子供を持った世代を主役とした作品なのだ。親友と女房とワーカホリックな亭主の構図なのである。

納屋のくだりはゾンビものでは大抵でてくる逸話で、直前に予見できた。よそ者を寄せ付けないハーシェルが執拗に画面に描かれていたからだ。(Morrowindでのコープラス患者の収容所を思い出した。なぜなら、収容所の所長は、ハーシェルとまさに同じように、ゾンビを症状に冒された者として扱って「患者を傷つけるな」と言うのである)

ゾンビが全て納屋から出てきたはずの場面で、扉ショットをフィックスした“間”で、ソフィアが出てくる前にそれが分かってしまった。あの辺りも秀逸ではあるが、作為性が強く、私の求めるドラマとしての見所とはやや異なった。作劇においてクライマックスではあるけれども。

私見では第2シーズン第11話が、紛れもなくベストエピソードだ。人間のあるべき尊厳・気高さや尊さを今一度問い掛けるデールに対して、他の皆は考えることを敢えて止めてしまい、リックの決断に委ねようとする。きれいごとよりも生き残る手段が優先されつつあり、それには未然に危険を回避することが第一。納屋の一件でシェーンの暴挙が行き過ぎだったとしても、皆の安全を考えると決して間違っているとは言えなかった。シェーンは依然として水面下の問題であるものの、ほとんどの者はそれに気が付かないか見て見ぬ振り。デールとローリ、そしてリックには、表面化しつつある危惧が決して小さなものでないことが予感できている。しかしリックは、これまでがそうであったように、シェーンの主張を飲むしかない。それが皆にとって最善に思えるからだ。デールは、リックのそうした変化に再考を求め、もう一度、集団のあるべき姿を模索するよう提案する。幸か不幸か、リックは集団のリーダーであるよりも、まずカールの父親だった。処刑の瞬間、唐突に入ってきたカールに“Do that”と促されて狼狽してしまう。息子には『正しいこと』を伝えてやりたい。今の自分の行いは息子に誇れる正しいことなのか。

このエピソードには現実にも通用するテーマが上手く扱われている。

・ある集団の決定事項における個人の主張と立場
・親が子供に示してやりたい理想
・過酷な状況下での“人の行い”とは

「ワンマン社長」などともよく言う。パワーのある主導的人物の言うことが何でも正しいように受け止めてしまう心理状態もよく知られている。間違ったことをしているにもかかわらず、集団の在り方を潰さないために、口をつぐむという場合もある。えてして内部にいる者はそれを認識したがらない。身近な例では、学校や職場でのいじめがそうだ。いじめ行為を直接実行する人物というのは、そうは多くないのだが、周囲の者はそれを容認しているかのように口をつぐみ、虐げられた者の味方を表立ってすることはまずない。組織的な隠蔽工作もしかり。隠蔽のような全体的な行為は、見て見ぬ振りをする者が大勢いなければ成功しない。直接荷担する必要などなく、個人という存在感を消すだけで済んでしまうのである。

自分が人間的に未熟だと自覚していても、人の親となってしまう時はある。そうした新米の親でも、人並みに、子には世間的な尺度の理屈を教えたいと願う。子供が成長して、物事の善し悪しが分かるようになると、そうした未熟なことをしている親の振る舞いに、常識を教えられた子供は疑問を覚える。そのとき、子供の疑問に正々堂々と答えることが出来るかどうか。自らを手本として示せるのかどうか。

劇中の世界ほど過酷なら、あるいはもし戦時下のような状況であったら。人命のかかった非常事態に、どれだけ気高くいられるのか。人間らしさをどこまで固持できるのか。こうでありたいとは願っても、状況が許さなかったとしたら。シェーンの真似は意外と簡単かもしれない。それで自分や他人の命が買えるのなら。モンスターを追う者は自分がモンスターにならないように気をつけろ。線路に落ちた酔っ払いを、電車が迫る傍で助け起こそうと飛び込めるか。それがもし酔っ払いでなく、白い杖を突いた盲人だったら? 足がすくんで動けなかったとしても、責めを負ったりはしない。けれども……。

余談ながら、カールが沼地のウォーカーに石をぶつけて嬲る場面で、私はカールの荒み方を描く方向だろうと捉えた。つまり、ホームレス狩りのような悪癖をカールが患ってしまい、ローリやリックと陰でぶつかる構図である。生死を機械的に考える「恐ろしい子供」の演出だと。ここははぐらかされて、処刑のシーンとシェーンを撃つ場面で、やや似た意図が実践されていた。

カールに向き合う時のシェーンは(ローリとの絡みで相手をしないことも一頃あったが、大体の場面において)よい父親だった。ほぼ理想的でもあった。シェーンの忘れがたい一面である。

さて、リックはシェーンとの第12話での対決以降、以前よりも厳しい人間に変貌する。第1シーズンでの感想で、私はリックを善人過ぎると称した。それは制作側の狙いだったわけだ。さらにリックとの対比でしか表現しない手法も定着して、群像劇らしさは――少なくとも群像劇によって滲み出てくる人間ドラマという趣旨は――あまり期待できないことももう分かった。そこがウォーキング~らしさであることも。デールの退場は残念に思う。あんなような人のいい老人――実際にデールほどの口達者であるかどうかは知らないが――は、身近にもけっこう居るからだ。
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テーマ : 海外ドラマ(欧米)
ジャンル : テレビ・ラジオ

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