名 作 R P G を 遊 ぶ (か も) 2

洋ゲーRPGや非電源ゲームを扱った頁でしたが、最近はユルいジャンルになりそうです

RPGの終焉とGTA3スクールの定番化

オープンワールドであること。最近私がはまるのはこの手のジャンルになってしまった。RPGでいうならSkyrimやRisen 2やKingdoms of Amalur Reckoning、GTA3スクールならSaints Row The ThirdやSleeping Dogs…。先に挙げたRPGはまだ体裁を保っているが、Biowareの近年のRPGはその骨子を失いつつある。それはなぜだろうかと考えると、GTA3スクールが定番化する理由と因縁が深いように思う。それはRPGを換骨奪胎すると、GTA3に近づくからではないだろうか。そこを考察してみたい。

オープンワールドのこうしたゲームではプレイヤーに強めの選択権が付与される。嫌いなものは後回しか無視で。好きなものはどうぞご自由に。選り好み可能な範囲はほどよく広い。

 オープンワールドの主な選択権:
 ・ミッション:メインorサイド
 ・移動先、目的地
 ・成長:スキル、能力等のアップグレード

自由度という言葉に置き換えられることもままあるが、ほとんどは幻想に過ぎない。細分化された筋立て(プロット)が何十も並行に配置されているだけだ。GTA3スクールではその数もずっと気の利いた巾に限られ、ところてん方式で、終わる度に次が現れる。

移動先は無数にあるように見えて、何らかの出来事(イベント)が起きる箇所はあらかじめ決まっている。開発における時間的経済的な予算がこの密度を決定していると言えるだろう。

成長もRPG独自の要素ではもはやない。プレイヤーからは数値が参照できない作りが昨今のスタイルで、無味乾燥な数字の大小よりも出来るようになったことを羅列していくようになった。

ゲームシステムの洗練

コンソールが主流となる過程では、ゲームシステムの要素に淘汰が起きている。RPGもアクションもジャンル問わず、一律にコンソールの限られたメモリを効率よく運用するために向いた要素だけが生き延びているように見える。これは、ややもすると遊ばせ方の定番化に繋がっている。ハリウッド映画の見せ方がどれも同じという現象に似たものだ。プレイヤーに面倒くさいマネージメントをさせない方向性とも言えるだろう。

特にコンソールのパッド操作と釣り合わない要素は割を食う傾向にある。RPGのインベントリがそれだ。主人公が多種多様な持ち物を所持し、場面に応じて使い分けるという素敵な趣向はRPGならではのものだが、この特性も幻想にすぎない。

インベントリの追放

オープンワールドでは、選択権をプレイヤーに委ねてしまっている以上、並行に用意された筋立ての中で特定のアイテムを機能させるには、必ず経緯(入手の順序)が定まるようにする必要がある。それなら、インベントリに仕舞っておくという行為は必須ではないとも言える。クエストアイテムを別に保管してやり、主人公がイベントムービーでそれらを使う様子を見せれば済んでしまう。プレイヤーにアイテムの使用・不使用でパズルをやらせる必要はない。更に言えば、フラグの用い方をアイテムに固定化させる必要は無いのだ。特定の出来事を体験した事をプレイヤーに分からせておくだけで済む。その出来事の繋がりをオープンワールドにおける筋の進行として表せばよい。インベントリがあることで増す管理の手間の方が切実な問題であるのだから。

コンソールに向いたインベントリは、プレイヤーの好みを充足させる方向で利用されつつある。ワードローブの機能であり、ファッション(外見)やバフ(暫定的なボーナス)だ。セーフハウスや拠点に居る間、プレイヤーに好きな外見を選ばせ、能力におまけを付加してやる。ミッション中はその内容で固定化し、弄ることはさせない。キャラクターの変数を一時的に固定化して、イベント処理中には変化を禁じる上手いやり方だ。

体力回復などはアイテムではなく、場所に固定化させればよい。店で食事をさせ、それによって体力を回復させる。これこそオープンワールドに向いたインベントリの進化である。

リセット

全ての細かいエリアの変化を時系列的に記録していくと、オープンワールドでは膨大なものになってしまう。ここは大胆に省略するか、その時分だけの変化しか把握しない手法がコンソールでは採用されている。

こういう体験はないだろうか。ある敷地内で物語上無関係なモンスターを殺したとする。その敷地を一旦出てから戻ってくると、再び同種のモンスターが湧いている…。リスポーンの仕組は筋立てに無関係なものとして、それが一見不自然であっても、世界の理(ことわり)としてオープンワールドでは機能する。GTA3スクールでは一般の通行人がこれに相当し、彼らの生死は全くプレイヤーには無意味である。

こうしたゲームワールドはプレイヤーがいなくなるとリセットされる。

不滅のエイミング

パッド操作と釣り合わないにも関わらず一向に廃れないのが銃撃戦だ。これは銃社会で暴力を描く必要性ゆえに淘汰されない聖域である。ご存じのようにマウスでエイミングすることを体験してしまうと、パッドのアナログスティックでヘッドショットを狙うことが如何に難しいか痛感できる。パッドでは剣を振るったり、殴り合ったり、車を運転したりする操作の方が向いている。ゲームの主要な難度として働くエイミングが、現在も主役に居座っているのはなかなか興味深い。

戦闘アクションの進化

単にボタンを押して攻撃アクション(殴る、剣を振るう、など)が起きるだけではプレイヤーは満足しない。攻防のせめぎ合いをリアルで手応えあるアクションとして感じたいからだ。

タイミングを合わせてボタンを押す行為が現在のトレンドだ。カウンターを取ってから反撃するアクションがこの種の最も上手い使い方であろう。画面上の敵の動きに合わせてボタンを押すことを要求するものに、クイックタイムイベントがある。クイックタイムイベントは押すボタンを無作為にしてしまうと単なる反射神経のゲームになってしまう恐れがある。これでは、プレイヤーはキャラクターのコントロールを一時的に放棄させられていると受け取ってしまいかねない。しかし、押すボタンを一定の法則に基づいて(例えば、投げを躱す時はYボタン)行うよう推奨すれば、プレイヤーは臨場感と供にコントロールもしっかり握っていると受け取れるはずなのだ。技の『コンボ』もある程度はタイミングに通じ、一連のボタンを押す順序が猶予時間内で完了することが要求される。

新しい体力回復法

『ポーションを飲む』だけで操作上の不利益を何も被らずに体力が回復する時代は過ぎ去った。この仕組を未だに使っているとしたら、それは戦闘アクションの完成度が低くてプレイヤーのフラストレーションを抑える方法がないからに他ならない。

時間制で自動的に体力が回復する時代も過去のものだろう。プレイヤーはその間をやり過ごすだけの待ち戦法に頼ってしまうことになるのだから。

これまでの手法の組み合わせ(*1)や、戦闘での成果に応じて(戦闘終了後に)体力が回復する、というのが新しい試みであろう。

(*1) Blades of Timeでは、時間経過か敵を倒すことでゲージが徐々に増えていく。ゲージが満了した時点で、従来の回復アイテムに相当するハートアイコンが1個分埋まり、ゲージはゼロに戻る。ハートアイコンを溜めることのできる個数はあらかじめ決まっており、超過分は残らない。回復したい時に回復ボタンを押すと、ハートアイコンが1個消費される。自動回復と回復アイテム使用の折衷案だ。

まとめ

こうして分析すると、Mass Effect 3やDragon Age 2がどうしてあのように変化を遂げたのか、手掛かりが掴める。そして、更にそぎ落とすことになるだろう贅肉も見えてくる。

※より主意がはっきりするように数行加筆しました。
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[ 2012/08/19 00:48 ] 考察 | TB(-) | CM(1)

ルセッティアの功罪…ローカライザーの懐事情と野心

steam Holiday Saleはつつがなく終了し、午前3時をあれほど待ちわびていた我々の心も拠り所がなくなって、どこか空虚な仕事始めを迎えようとしている。

2010年のIndies長者はMinecraftであることに異論を唱える人はいまい。しかし、もう一人、国内発の立役者を忘れてはならない。ルセッティアだ。

Earnings Call: Recettear’s Follow-Up Revealed(Rock, Paper Shotgun)でも取り上げられたように、宣伝活動もパブリッシャも無しで、専らPCダウンロード販売網だけで10万個を売り上げた。この数字はインディレーベルでは異例の業績だ。

ちなみに10万個超の売り上げは、ルセッティアのローカライズを担当したCarpe Fulgurが1月2日時点として公表したもの。昨年9月28日(発売後一ヶ月)の時点では26,000個を売り上げたとしていた。瞬く間にここまで売れたタイトルだが、内実は複雑なようだ。

急速にここまで数字が伸びたことについて、Carpe Fulgur創設者の一人であるAndrew Dice氏が自らのブログDer Dräkblögの記事100,000 Copies Sold and What That Meansで明かしている。とても興味深いので、要約を紹介しよう。

彼らの悩みは、フルプライスでの販売成績ではないことだ。Indie Story Packを買う人が多く、このパックはルセッティア単体時セールの5ドルにすら満たない販売価格であることから、実入りはとても小さい。しかし、売れ行きを考えると定価を下げたセールをしない手はない。更に、正規のパートナーであるディストリビュータ(ルセッティアの開発元EasyGameStationのこと)が、“胴元の取り分”をもっていってしまう。10月のパックと11月の単体セール合わせて、社員の月給をまかなうほどにはなったが、割を食っているという。将来は是正したい意向だ。

また、売れたことにより、英語吹き替えを考える必要に迫られている。費用は、クオリティを重視するなら、ざっと1万~1万5千ドル。これを安全に投資できるようでないと、吹き替えは難しい。英語吹き替えが成立する場合、デュアルボイス仕様(英日両対応)を見当している。

コンソール機への移植も見当材料だ。GDC 2011での感触で判断すると氏は書いている。費用の見積もりと開発者キットの入手如何だそうだ。非ダウンロードの分野に参入するには問題が山積しており、決して楽観はしていないという。費用面でもDSなどは大変なようだ。3DSのように新型がはっきりしている場合、古いDSにこだわるべきか悩みどころだとも。

英語吹き替えと開発者キットは金銭面で折り合いがつかないので、取るとしたら、どちらか一方しか選べない。開発者キットの方が、事業拡大に繋がるので、優先度は高いが、実際にはキットの価格次第だという。GDCにいるソニーや任天堂やマイクロソフトの担当者が、氏をどのように足止めしてくれるか、見物だ。

融資を受けて借金すればよいと助言があったそうだが、この不景気で、債権者により潰れていく会社をいくつも見てきた氏には、悪い考えにしか写らない。借金するくらいなら、会社を畳むそうだ。

たいへん興味深いことに、創設者のもう一人であるRobin Light-Williams氏は、コミケット79に来日して日本の開発者と会ってきたそうだ。もちろん、次回作の為に。夏コミにも来る予定だという。彼らは海の向こうへの橋渡しを買ってでる意志はマンマンで、二匹目のEasyGameStationを、それこそ目を皿のようにして探し回っているらしい。開発者に十分な取り分を与えていることが、ことさらに強調されている。

次回作はシャンテリーゼが決まっているそうだ。同人ソフトが一攫千金だとは、これまで一体誰が想像しえただろうか?
[ 2011/01/04 09:32 ] 考察 | TB(0) | CM(0)
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