名 作 R P G を 遊 ぶ (か も) 2

洋ゲーRPGや非電源ゲームを扱った頁でしたが、最近はユルいジャンルになりそうです

Horizon Zero Dawn クリアしたものの……

メインクエストがやっぱりアカンやろ。「ここから先を進めると後戻りできないよ」という注意が出る最終クエスト『迫り来る影』。弥が上にも上にも期待が高まるが……

※以下ネタバレあり。

西から機械の大群とハレス(だっけ?)とハデスが攻めてくる。

まずはハレス編。矢を弾いたりしてくれちゃう彼。どんどん通れる場所が壊れていく通廊と階段を逃げ回って、距離をおいた上で弓でコツコツとダメージを入れていく。対人戦だと、対機械獣で使えていた豊富な武器類が意味なし。槍攻撃を入れようとすると逆に返り討ちに遭ってしまう。炎の矢と強化矢じりの矢くらいしか出番がない。ハンティングで鍛えたせっかくのスキルが……

二番目。押し寄せる機械の大軍を、大砲(?)で狙って撃破せよ。よくあるよね、こういうミッション。放物線を描くタイプの武器なので、遠距離へは仰角を見極めて発射しないと当たらない。機械獣に加え、デスブリンガー数機を大砲だけで破壊できる。大きく分けて3回くらいの波状攻撃があって、これを生き残ればOK。

三番目。導きの搭。ハデスを守っているデスブリンガーを10分以内に撃破せよ。サイドクエストを解決していれば、仲間が協力してくれる。デスブリンガーに雷の矢を当て続ければ、排気の為に弱点が露わになるので、そこを強化矢じりの矢で攻撃。またもやデスブリンガー。チマチマ当て続けることだけを要求される。わらわらと現れ、妨害をしてくる雑魚。デスブリンガーのランチャーが痛いのと、雑魚の突進攻撃が邪魔で急所を攻めるのがなかなか難しい。

どうなのコレ? 俺は正直つまらないと思ったよ。面倒くさいだけで。

そして、驚きの事実。ラスボスはいない。闘えるラスボスは。

人型になった巨大ハデス……なんてのと闘ったりできたら、三流映画風のクライマックスとしては合格だった……はず。それすらない。くだんの対ハデスはイベントムービーで処理されてお終い。

この後のエンディングで垣間見えた、巨大ガニだか巨大グモみたいなヤツと闘えたら良かったのにねぇ。ここで出し惜しみしてどうするんだ? アクションゲームでラスボスと直に死闘を演じることが出来ないなんて、ものすごくモヤモヤするじゃないか。

ところで、フラストレーションの最たるものが、「太古の鎧」クエストの「動力源」である。後に明らかになるクエストにもかかわらず、先んじてアイテムを入手しておかないといけない。

プロローグに相当するエピソード内でアイテム「動力源」を見つけておけばOK。見つけていないと、俺のようにイライラ。意味もわからず、とにかく辺りを探し回ってアイテムを拾っておけとはご無体な。この場面で探し出せなかったら、どうさせるつもりなんだろうね?

しかも「母の眼差し」という場所は後に進行上の都合で焦土と化してしまう。あの場所にどうやって戻るのか、よくわからない。Youtubeの要領を得ない動画の英語タイトルによれば、戻ることは一応可能であるらしい。とはいえ、クエストとしては不親切極まりない。「究極の鎧だから手に入れにくくしてある」なんて理由だとしたら、そいつは理不尽ってもんだ。
(ネタバレ動画を仕方なく見たら、「大いなる母」という遺跡へ戻ればよいだけであった)

もうひとつのフラストレーションは、ネズミの骨・皮、ガチョウの皮、魚の骨・皮、である。まるでガチャのSレアのよう。ネズミやらガチョウやらを見つけ出すことだけで充分難しい(根気を要する)し、仕留めても肝心のアイテムが出てくるとは限らない。

結論:メインクエストとメインストーリー以外はとても面白いアクションRPGだった。

ちなみにレベル50カンスト達成。スキル全修得。トロフィー87%までいけた。充分堪能した。もうあとは面倒いだけなのでやらんかも。
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[ 2017/03/10 01:18 ] Sony製作コンソールゲーム | TB(-) | CM(0)

Horizon Zero Dawn そろそろ大詰め?

途中から面倒くさくなったので、メインクエストだけを追う。すると「あぁ、やっぱりな」。これ、俺が一番嫌いなタイプの“アクション”RPGだったわ。俺が好きな系統の“素直な”RPGとはまるで違うんよね。突き詰めていくと、内包する哲学が。

RPGは本来、ごっこ遊び。プレイ経験が全て。反して、アクションRPGの多くでは、RPGと呼ばれる部分はオマケ。メインコースは古式ゆかしい、オーソドックスな「雑魚→中ボス→大ボス」とか「閉じ込めて面クリ」とか、前時代的な所作に妙に忠実だったりするもの。もっとも、巧みな作品はこれらのハイブリッドで勝負し、さじ加減が絶妙なものだが、Horizon Zero Dawnは既存のいいとこ取りに見えたのも束の間、結局の所、思想がそうではなくて古臭かった。

先にも書いたように、Horizon Zero Dawnはアクションのさせ方だけは力が入っている。しかしながら、肝心のアクションをさせるフロア(面クリのレベルやマップの意)がダメダメ。ほとんど引き狩りで済んでしまう。有り体に言えば、AIが間抜け(逆に、賢かったら詰む)。せっかくステルスアクションができるのに、クリア条件がKill All(皆殺し)。

多彩な武器が用意されているものの、一定の閉鎖空間内で敵をどう効率的にヤっていって欲しいのかが、まるで伝わってこない。Batman Arkhamシリーズなら、しつこいくらいチュートリアルテキストがポップして「これこれでTake downできまっせ」と教えてくれるから、どんな倒し方を念頭においてフロアが出来ているのか、よ~く理解できる。Horizon Zero Dawnには、そういったものがほとんど提示されないから、倒し方の美学についてプレイヤーが身に着けたものが必ずしも正しいとは限らない。

「美学? そんなもん、楽しけりゃ、なんだっていいんだよ」……なんて方もいるとは思うが、実際、楽しくないので困るのである。

閉鎖空間の人間相手に武器の使い分けなど、ほとんど意味が無いように見える。気付かれないように、とにかく弓でヘッドショット(矢はダメージが入ればなんでもいい)。さもなければ、近寄ってサイレント・キル。バレたら、迫ってきた敵を槍で大アタックしてからクリティカル・アタック。もしくは、重火器持っている敵を一人だけ、こちらに引き寄せてとにかく倒し、その重火器を奪って、残りを一掃する。こんなパターンばかり。武器の種類も戦い方もろくに活かされず、正直つまらない。

野外向けハンティング・ワールドとして見るなら、機械獣相手の弓&槍システムはとても面白くて熱中してしまった。けれども、メインクエストで用意されている遊ばせ方「屋内で室内の敵を排除できたらクリア」が、弓&槍システムに不向きなのではないか。

この面クリ進行は、従来型の凡庸なアクションゲームの踏襲にしか見えず、目新しくない。弓&槍特有の楽しさが成立する余地がないのに、どうして型にはまったような作りなのか? 拳銃やライフルぶっ放す方がずっと楽で面白かったろう。

上手い人の実況でも見れば、あるいは「あぁなるほど」という目から鱗があるのかもしれない。開発陣が想定しているアクションの哲学というかポリシーがまるで掴めなかった。

ところで、好みで言えば、Horizon Zero Dawnはストーリーでもイマイチ。Project Zero Dawnの真実が判明したところまで来たので、大きな仕掛けはまぁまぁだが、宿敵との掛け合いなど演出が総じて三流っぽい。アクションを取ってしまうとストーリーしか残らないような大作で、これはかなり泣き所。RPGっぽさが期待と裏腹に大分薄かったことも辛い。
[ 2017/03/05 04:12 ] Sony製作コンソールゲーム | TB(-) | CM(0)

Horizon Zero Dawn ファーストインプレッション

どんなゲームでもそうだが、半日くらいかけて長々とプレイしていくと、「アレ?」というものが出てきてしまうものだ。最初こそ「類い希な黄金だ!(使いたくない言葉で表せば「神ゲー」)」と思っても、少し後では、もう幾ばくかのほころびを感じ始めている。メッキが剥げてくるのである。

これは単に、ゲームの含有する趣向がこちらの趣味と合致しなくなってきた、という合図なのかもしれない。それとも、単に、ユーザーインターフェイスに使いづらさを覚え始めただけなのかもしれない。

いずれにせよ、自分というバイアスがかかってゲームの評価に方向性が出てくるわけなんである。端的に言えば、好みの問題とも言えるだろう。

※以下ネタバレ注意。

試練(The Proving)最終段階での襲撃イベントの辺りから、物語とアクションにこれまでとは打って変わって馴染みにくさを覚えてしまった。

映画的な演出も相まって、ストーリー展開にはハリウッドの娯楽映画並みの独創性(つまり、驚き)を期待していた。ところが、このゲームの起承転結の「承」が残念なことに極めて凡庸に映る。

仲間になるかと思われたValaとBastが命を落とす。ここは後の同僚として活かしてもらわないといけなかったのではないか。

それに、プレイヤーが対人戦闘を体験するのは、この場面が初めて。にもかかわらず、機械獣相手とは少々異なる立ち回りでもって対応しないといけない。私だって弓と槍には充分習熟していたつもりだったが、立ち止まっていると命中する火矢や、すばしっこい剣使い複数人を一度に任されて、さすがにパニクってしまった。Bastの「もう、持ちこたえられない」の繰り返しもウザい。

実際には、さほど難易度が高いわけでもないのだろう。冷静になってリプレイしてみれば、きっとなんてことはない。

でも、プレイヤーが一人でほとんどの相手を捌く中、仲間は近づいてくる敵と近接戦闘で交戦する風でもない。いささかゲーム的な、主人公任せの舞台仕立てがあからさまだ。だから、プレイヤーが無様だと、どうにも締まりが悪く映ってしまうのである。

かようなわけで、物語の急変とプレイヤーへの要求が一度に高じたせいか、私は白けてしまった。更に悪いことに、多くの人が予想したであろう通りに、Rostが絶命してしまう。王道な展開と言うべきか、ありきたりと言うべきか。

この後、プレイヤーキャラクターはクリアするべき究極の課題を知り、特務を帯びた「使い」に仕立てあげられて、世界を旅する権利を得る。ゲーム的なお約束展開である。ここは特段、悪くはない。類型で言えば、貴種漂流譚である。

とはいえ、遊ぶ側として「おっ!?」という部分が……足りない。若き女性主人公の成長物語よりも、俺にはゲラルト・オブ・リビアを動かしている方がしっくりきた。男性だしね。サイドクエストもワイルドハントの方が面白かったな。

ところで、私は日本語吹き替え音声に英語字幕でプレイしている。それで気が付くのだが、儀式Provingが単に「試練」になってしまっていることを筆頭に、一部の役職名、NPC名の扱いがちょっと気になった。原文でわざわざ普通っぽくない語を当てて固有名詞化しているのに、翻訳で平易な語に直してしまっていて、雰囲気が出ないのだ。

一番おかしいのがSun-King。翻訳の「サン王」ってどうなのよ? 太陽王じゃないのか? 先王は勝手に「狂王」を冠されてしまっているし。ゲーム・オブ・スローンズじゃないぞ。

Outcastは異端者。これ、訳語当てるのは難しい部類だよね。「はみ出し者」じゃイマイチだし。

A Braveが義勇兵。War Partyは――襲撃者を追いかけたと言われているので部族の戦闘専門職だろうに、これも訳語は「義勇兵団」。

主人公が任命されたSeekerが、なんだっけ、神絡みの、なんとかの「使者」。

また会話中、ところどころ固有名詞を省いてしまっている箇所が目に付いた。例えば、義勇兵団の団長はソナで、Embrace Gateの見張りをVarlに言いつけた母親その人なのだが、この場面、Varlの口から主格が「団長」で説明されていたのに、いきなり「ソナ」に変わる。原文ではWar-Chief Sonaと併記されているところ。日本語だけ聞いていて、果たして意味が十二分に伝わるのか。
[ 2017/03/02 23:01 ] Sony製作コンソールゲーム | TB(-) | CM(0)

Horizon Zero Dawn

PS4をせっかく持っているんだから、死に体のPS VRであやねチャンを眺めているだけじゃつまらない。
……ちなみにオーナーレベルはもうすぐ100になる勢い。時を止めるストップウォッチを入手済みだから、VRのイベントグラビアでもシーンを止めて眺めることができる。ここまで来れば、VRでニヤニヤするのも思いのまま。

SONY傘下のゲームディベロッパの大作(つまりPS4専売の)を遊んでみなくては、ネ? ということで、Horizon Zero Dawnだよ。まだ日本では発売されていないので、北米で発売済みの英語版を遊んでいる実況者の配信を見た序盤の印象から。

世界観はゾイド…とか、モンハンとか、まぁそんな感じ。機械生命体の野生動物が暮らすなか、狩猟民族の人間たちが併存している。

ざっくりと、ストーリー・ドリヴンなオープンワールド。操作感はアクションRPG。射る、避けて斬る。

主人公は村娘で容貌と名前は確定済み(カスタマイズできない)。彼女、エーロイ(またはエルロイ。日本語版では、たぶんアーロイ)は、マザーレスと呼ばれながらアウトカーストとして蔑まれて育つ。育ての親から狩猟スキルを学び、Provingという試練に受かることで、自らの出生の秘密を知ろうとする。「マザー」という単語には地母神の意味合いが濃いようだ。

リアルタイム・レンダリングのイベントムービーで物語が進む。エーロイが幼子の頃からプレイヤーが操作する形式。成長物語や通過儀礼、自立や旅立ち、といったテーマを含んでいる。ウィッチャー3ワイルドハントのシリが幼くしてケル・モランで訓練をしていた場面が思い起こされる。

RPG色が強い。Dragon Age: Inquisitionっぽい野外性(画面の色合い、採集物)。Mass Effectシリーズのダイアログ決定システム。Elder Scrollシリーズ風のコンパス。それらを取り入れて、更に洗練してある印象。

OblivionやSkyrimを遊んだ人が口を揃えて「戦闘アクションが単調」とのたまうけれども、このHorizon Zero Dawnなら、きっとそうはならない。戦闘での遊ばせ方に力が入っている。くだんのProvingのいきさつの前に、トリップワイヤを使って絡まった機械獣を攻撃して仕留めるアクションがあった。弓の他に近接戦闘も。狩猟=弓である。なにより、迫りくる獣に引き絞って撃つ、というギリギリの感覚がアクション性に一役買っている。

関心したのは、採取した草木や機械獣からルートした素材を使って、その場で矢弾をこしらえてしまえるところ。Minecraft的なサバイバル要素も意識しているのだろう。既存のRPGで散見されたクラフト要素が、弾丸補給のゲームシステムとして機能していて秀逸。Dragon Age: Inquisitionを引くまでもなく、昨今の採集物は単なる「やり込み」に成り下がっていて面倒なだけであったから。

ステルスアクションもある。主人公が幼少期に手に入れた未来ゴーグル?的なガジェットを使うと、「周回する歩哨」もどきの機械獣のパターンが図式化される。それに引っかからないよう、注意を引かぬように、群れの中に落ちた少年を救うクエストがあった。このエピソードは幼いエーロイの勇敢さや正義感も描いていて面白い。

クイックセーブは篝火でのみ行える。お馴染みダークソウルを意識してか。死にゲーやマゾゲーといった激ムズな感じはしないものの、機械獣の突撃による一撃は体力の三分の一くらいを易々と削っていた。昨今の傾向を敏感に取り入れ、アクションが好きな人へのアピールも万全といったところか。

実況を見た印象では、久しぶりに遊んでみたくなる一作。さっそく予約した。
[ 2017/03/01 19:20 ] Sony製作コンソールゲーム | TB(-) | CM(0)

BEYOND: Two Souls

購入した動機は、体験版をプレイしたから。同開発スタジオのHeavy Rainの体験版に比して、より求心力がありました。

霊体であるアイデンをプレイヤーが操作するというアイデアにまず感銘しました(もっとも、ジョディの芝居にも介入してやらねばなりませんが)。主人公と結びついた霊魂が、時に主人公の望まないイタズラをしでかす、というコンセプトはゲームという特質に見合ったもので、さらにTVドラマ並みの物語が味わえそうに見えました。

Hunted章のヴァリアントの細かさにも、(最終的な結果はどのようにやっても同一にしかなり得ませんが)惹かれました。加えてストーリーに関心を覚えましたし、ジョディの逃避行はどうなるのか、先を見たいと思いました。

■プレイ環境

私は英語音声・英語字幕でプレイしました。日本語訳はどうしても文化的な違いを感じてしまう上、生々しいポリゴンキャラクターには、声主のエレン・ペイジの演技が必須だと思ったからです。

意味内容をはっきり認識したい時には音声を切り替えればいいわけです。吹き替えで真っ先に違和感を覚えたのは固有名詞の音(読み)でした。

 AIDEN→エイデン
 Norah→ノラ

エレン・ペイジさんの英語音声でアイデンと聞こえますので、それがエイデンとなってしまう日本語吹き替えはおかしく感じました。同じく、ジョディの母親の名前はノーラと聞こえます。

■初クリアの印象

「ジョディ、君にしか止められない」
riftを閉じることに終始してしまう後半の展開にやや幻滅です。ハリウッド映画鑑賞で例えるなら、駄作では無いものの、自分のライブラリーの中では秀作扱いになることはなく、二度と鑑賞しないで終わろう、という評価。

ただし、エピソード別に評価すれば、ヒューマンなドラマとしてよく出来ている箇所があります。

 1) 幼少のジョディとDPAの時期
 2) CIAエージェントの時期
 3) 逃亡中に路上生活者となった時期
 4) ナバホ族の牧場に居候した時期
 5) 国防の作戦に徴用された顛末

時系列では上記のように区別でき、3と4はドラマとしてよくまとまっています。一方でゲーム的なアクションと策謀満載となるのが、2と5です。

■作中に出てくる超能力描写

だいぶ前、超常現象モノが米TVドラマで流行ったのをご記憶の方もいるでしょう。アンソニー・マイケル・ホール主演の『デッド・ゾーン』は私のお気に入りでした。主人公のサイキックが使える限定的な能力と、ヒューマンなドラマの仕掛け方が巧みで、毎回楽しみに視聴していたものです。

こうしたドラマで定番の超能力の使い途が、BEYOND: Two Soulsでも多数登場します。TVドラマや映画からの影響だと捉えることも出来ますし、説明無しに共通の認識を得られる為に用いられているとも言えます。

・触れた物体から経緯を知る(サイコメトリー)
・死者の魂を憑依させて喋る(口寄せ)
・物体を動かす(一般には念動力)
・上と関連して、いわゆるポルターガイスト現象の演出
(目を離した隙に椅子がテーブル上に積み上がる、突然に冷気を感じる、など)
・人間の精神と肉体を乗っ取る
・関連して、人体の負傷を治す
・同じく、人を窒息させる(ダース・ベイダーの得意技?)

考えてみると多分にゲーム向きな超能力で、小説や漫画でも散見されます。下地のあるプレイヤーにとっては、さほど突拍子な印象を与えずに受け入れられたことでしょう。本ゲームではアイデンが能力の媒介者であるため、理解し易い作りです。

■時系列でないエピソード

ゲーム中では、ジョディの経験がバラバラなエピソードに分解されて進展します。現在のジョディは全てを経験済みであり、プレイヤーは時系列でないまま、エピソードを通して彼女の追体験をすることになります。この手法には長短があって、リプレイ性のあるゲームならではの作為と言えるでしょう。

冒頭の保安官事務所は、ジョディが路上生活の末に頭部を負傷して入院し、追っ手がかかったことを知って逃げ出した直後に相当します。つまり、ある程度エピソードを体験しないと前後関係がわからず、煙に撒かれたままだというわけです。逆に、掴みはOKで、興味を引く場面から盛り上げるように構成することができます。

終盤のPrologue章まで進むと、エピソードが時系列でない理由がジョディ自身のモノローグによって明らかになります。さらにBeyondを選択していれば、より一層の感慨までも抱くことになるでしょう。

■リプレイ性

各エピソードの終点における結果は運命づけられており、プレイヤーが取る途中の選択や行動では覆らないものがほとんどです。しかし、「あの時、別の行動を取っていたらどういう展開になるのだろう?」という興味から、エピソードを反復する意義は残されています。それにより、1回目とは多少異なるプレイヤー体験をすることが可能です。原因と結果よりも過程を重んじるのであれば、リプレイも楽しめるでしょう。

■リプレイを経た上での感想

人間にとって死は避けることができないもので、中年にもなると友人や師、親戚の葬儀を少なからず体験します。身近に感じたことがあればあるほど、ジョディの感じる孤独や寂寥に共感してしまうものです。薄幸なジョディはそれこそゲームの中で始終メソメソしていました。

一般に、ゲーム的なお芝居の中には巧拙が同居しており、総じて拙が多いとさすがに興醒めしてしまうものですが、プレイヤーの個人的な体験がその欠点を埋めるかのように働いて、巧のみを抽出してくれる場合もあり得ます。なぜそうなるかと申せば、今回は人生につきものの死がテーマになっていたからで、私もそういうものを感ぜずにはおれない歳だからなのでしょう。してみると、全体の評価は初クリア時よりも高まります。

ジョディは女性ですし、若者の初々しい感覚なので訴求してこないというオッサン諸氏には、ウィレム・デフォー(代表作は世代的にプラトゥーンだよね?)演じるネイサン・ドーキンス教授というキャラクターがいます。彼には奥さんと年頃の娘がおり、ジョディを見守る目は保護者のそれです。Night Session、Haunting、Separationあたりが、ドーキンス教授の見所でしょう。不幸にして彼はマッドサイエンティストな方向へ舵を切ってしまい、その結末もゲーム的なご都合主義に見えてしまいますが、それでも何らかを補えるとしたら、それはオッサン諸氏の心の中にある力、ということになるでしょう。

ジョディは若者だけに、接する大部分は大人です。その大人には、良い例・悪い例、両方が出てきます(中には短絡的な悪役もいるのですが…)。ドラマに充分な厚みは与えてくれています。路上生活者のStanや、終生ジョディを支えてくれそうなCole Freeman(ところでフリーマンという苗字は、異世界への窓を扱ったHALF-LIFEへのオマージュでしょうか)。Ryan Claytonの立場になってみるのも一興です。目玉を失ってまで愛しているというのに、頑なに拒否されたら(プレイヤーのせいですが)、立つ瀬が無いですね。

AIDENの核心が分かるクライマックス。SF作家のP.K.ディック氏が存命だったなら、こんなゲームがあったよと教えてあげたくなる内容です。

終幕、どのエンディングを迎えても必ず出てくる悪夢の具現には、映画『ターミネーター2』を思い出しました。世界の終末と一少女(時に2人)の運命とを合体させてしまうところが、いかにもハリウッド映画的なノリで、ヒューマンな路線が好きな私としては閉口気味でした。しかし、それもまた微笑ましい一面です。諸手を挙げて、このゲームのスタイルを褒めることは躊躇われますが、良質なドラマが垣間見られたことは収穫でした。

QTE(クイックタイム・イベント)に関して。このゲームにおいて、QTEの運用は概ね適切のように思われます。なぜなら、緊迫感や主人公との一体感を出すことに一役買っており、一般的なアクションゲームの「イベント進行を成功させるためだけの反射神経によるボタン押し」とは別の意義を有しているからです。現に成功しないことで、主人公の肉体的な痛みが表現されるような案配です。失敗=即ゲームオーバーにはなりません。頻度はストーリーテリングを害するほどでは無く、Heavy Rainよりも抑え気味で、ドラマに集中しやすいと思いました。右スティックを傾ける方向(チュートリアルで言うところの矢印)がやや曖昧であるのは、若干の失敗確率を加味しているからなのでしょう。

欲を言えば。アイデン=プレイヤーの図式をより明確にして、ジョディへのプレイヤーの介入を一切無しとしても成り立つゲーム性を(当然、現在のスタイルだけではなく)確立して頂ければ、さらに新しい「ドラマ融合型アドベンチャー」の先鞭となったでしょう。登場人物の芝居をプレイヤーが補助することでストーリーテリングが進む今のスタイルには、些かの限界を感じるところです。訴えるテーマと今回のAIDENのようなアイデアが無い限りは、凡庸なものになりかねません。
[ 2013/10/22 16:22 ] Sony製作コンソールゲーム | TB(-) | CM(0)
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