トリップ(映画鑑賞)

 哀しくて優しい映画だった。人生に疲れた男――正確にはこの形容は違う。人生というゲームの攻略法が分かりかけた時には元手がなく(カネがないとかコネがないとか学歴がないとか、歳がいってしまったとか、最後のひとつはキョーレツだ)てどうにも挽回できる見込みが薄くなってしまったということだ――にはよく実感できた。若いときにはなかったことだ。

 この映画には原作がある。映画は焦点がよくコントロールされていて、全体としてまとまりのある逸品に仕上がっていた。反面、枝葉末節はエッセンスのみが活かされていて、原作小説の紙幅で語られていたムードは絞りかすのごとく捨て去られていた。例えば、窃盗に入ったシャブ漬けたちが割れたガラス窓に挟まった猫を救出しようと奮闘する挿話は捨てることが出来ないネタのひとつだったろう。原作を読んで映画を観れば、かなりの要素が補完し合い、まさに理想の結婚になる。

 主人公の男にはスケがいる。ヤクの売人でジャンキーでごろつきの窃盗団と縁のある、しようもない女だが、主人公はベタ惚れなのだ。彼女の為なら、その罪全部を自分の裁量権でもみ消してやろうと思うくらい重傷だった。この視点も疲れた男にはよくわかった。甲斐性無しの男が女に恋するってのはそんな感じだ。その女(というよりも、ある場面では未成年の若い娘になってしまう)は無邪気で奔放で偶然に社会のワナを避けているに過ぎないが、自然のパワーに満ち溢れていて、その男には手に入れられない代物の具現のように写る。

 その娘には人生のプレゼントをあげたかった――このくだりは映画にはない。訊けば、もう貰っているという。夢はいつか北に小さな家を持つこと――このくだりのみ使われている。いい伴侶と共に。男は伴侶の候補ではない。年齢によるギャップかもしれないし、若い娘特有の夢想かもしれなかった。アヘン中毒で長く生きていられないだろうことが文中で示される。娘は最後にボブの(主人公の男の、あるいは作者の)手をぎゅっと握って離す。ボブはその感触を彼女が死んだ後だろうと一生忘れないのだ。

 男の方はといえば、昔はこうではなかった。二人の娘がいたし、当然、妻も居た。ところが、ポップコーンの素が入った袋を左手に持って台所に向かったとき――娘達にポップコーンを振る舞おうという、優しい父親を演じている最中だった――に、キッチンの戸棚の縁に後頭部をぶつけて気が付いてしまった。自分が何を嫌っているのか知ってしまった(こんなことはよく体験する)。その過去完了の命題が小説であり映画だ。

 原作者も数奇な男だった。根っからのプレイボーイであるせいか、妻を娶っておきながら長続きしない。貧乏で日々の生活に窮する。ラッキードッグペットストアの逸話は――細君の一人によれば――作者の作り話らしいが、あまりに典型だった。高額の前渡金欲しさに長篇を執筆する。だもんで短篇を膨らませたものが多い。出来のよかった短篇が、長篇になるとぐちゃぐちゃになってしまう。

 そんな作者も、身近での出来事を小説という形で表現しなおしたらしいこの作品になると、希有な名作家の仲間入りを果たしていた。落伍者たちの暮らし向きからはじまり、そうした者が陥るドラッグという暗い領域の輪郭を、一見くだらないタッチで描き、ゴミに隠されたダイヤが見えるようになった疲れた男のような連中から共感を得るのだ。

 劇中の彼らの生活はドンパチこそないが、Grand Theft Auto 3でもあるに違いないいびつな暗部のライブアクションだ。何かが起きると、それは必ずドラッグを基点としている。ドンパチがないぶん、より悲惨なことに、彼らの生活に生彩はない。日々は退屈で、帳尻合わせに時間と健康とが奪われていく。片道切符――予告篇とも呼べる――で戻れる見込みはない。GTA3に付き合うゲーマーの立場みたいなものだ。新しいドラッグはゲームというのはどうだろう、物書き志望の疲れた男の脳味噌が提案する。

 中毒者の更正施設はアメリカ現代文学の主な舞台じゃなかろうか。この作品における使われ方は違うものの、もはや抜きには語れまい。日本だってウカウカしていられない。ヤク中のアイドルや俳優がわんさか居るくらいだから。経済は日本化し、犯罪は北米化するのだ。いたたまれないことだが。

「放射能はドコ化だよ?」ラックマンが不謹慎に言うだろう。バリスがしたり顔で国名をあげてこき下ろすだろう。
「ターン・オン、チューン・アウト、グッド・バイ」ソファーで彼らの話を聞いていた疲れた男は現実に戻ることにする。
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ジャンル : 小説・文学

5.稀覯書

 翌日、再び少年は“ジョバサの稀覯書”がある外人地区まで足を運んだ。オルディネーターに後を尾けられないように十分注意して。店に入ると奥まで駆け足した。ところが、あの猫亭主がいない。階下に降りた少年は声を上げた。オルディネーターがいる!
「公爵ドレンが寄こした護衛」と長身のオルディネーターの背後からカジートのジョバサがひょいと姿を現した。「ジョバサを護るのか、ジョバサ以外を護るのか、わからないけど。感謝してる」
「つまり、トリビュナール側じゃないってこと?」と少年。
「昨日の話」猫亭主は答えず切り出した。「あれ、相当無理」
「ええっ!」
「ジョバサの友達、みんな牢から出たがってるけど、あそこじゃない」
「そんなこと言わずに、なにか手はないんですか」
「本貸すから、自分で考えて」
 少年の手には数冊の本が手渡された。

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4.空中要塞

 異端審問総長官のいるこの街区は真実省と呼び習わされている。それは空中に浮かぶ岩で出来た要塞で、内側には、迷いそうな通路と、投獄されたら死ぬまで出られない独居房とが穿たれている。
「いつも思うけど、ここへ上るのは厄介よね。苦手な魔法に包まれると胃がシクシクするもの。それに空気も薄いし」
 アンダリン・ハーディルは法務院からの連絡事項をまとめて、総長官にその報告をしに戻るところだった。
 テラス状の足場に到着すると、階級違いで仲良しのアルベラ・サラムが「相変わらず大変そうね」と会釈を返してくれた。
「さぁ~て、困ったね。これから楽しいお茶の時間なのに」
 総長官は自慢の逆毛と濃い顎髭とに代わる代わる手をやって、やせすぎの体に鎧が食い込むのを気にしながら、他の部下がいるのもかまわずに、戻ってきたばかりの小柄な秘書に低い声で言った。
「それで、こんどはどんなヤツなの。その作家ってのは」
「はい、四十過ぎの、帝国人です。いかがわしい劇を、上演した廉で、二度、書類送検、されております」
 アンダリンはいつものように控えめを心がけながら、上司がはっきりと理解できるように滑舌に気をつけて言った。
「仕方ないね。あってみるよ」

 一番弟子のカシウスは、劇作家が言い残した“夜馬車”を頼りに、カジートの店主がその名前だという本屋に出かけた。
「あなたがヨバシャさんですね?」
「そうだ。ジョバサに何か用か?」
 そのカジートは、少年がこれまでに会ったどのカジートよりも言葉が不自由に思えた。特に彼らは自分のことを“私”や“僕”と呼べない。
「実は…」
 少年の必死な説明が実って、言葉が心配だった相手は経緯を理解してくれたようだ。
「あぁ、そうかぁ。それは困ったな。ジョバサの友達、なんとかできるやつ、いるかもしれない。明日の今頃、また来て。いいか、尾けられるなよ」
 こんな子供じみた会話しか出来ない猫もどきに、尾行されるな、なんて偉そうなことを言われて、カシウスは少し不機嫌になった。尾行もくそも、この店を見張られていたら、それでお終いじゃないか。なんだよ、ばか猫。

「きみねぇ、こんなもん書いて。許されると思っとるの?」総長官は出だしの数行を読んで眉をしかめた。「だいたいヴィヴェク神を、」
 彼は声をひそめてから続けた。
「殺しちゃうと、この真実省が落ちちゃうんだよ。きみの住んでるカントンだってペッチャンコだ!」
 彼はペチャンコというところを強めようと体を揺すったので、暖かいお茶の入ったカップから中身がこぼれた。
「もっともぉ、生き神様を殺すなんてことは、でっきない~~」語尾は嬉しそうにお茶をすすったのでよく聞こえなかった。「きみ、どおしてモロウィンドに来たの? シロディールで書いてれば、そこそこ人気出たでしょ?」
 ようやっと自分の番が回ってきた劇作家は正確に伝えようと思案した。
「それは、長い話です。妹が…」
 異端審問総長官は制止した。
「ああそう、長い話はご・め・んだよ。あたしは劇が大嫌いなの。ばんぺ~い! こいつ連れてっちゃって!」
 劇作家は、甘ったるいお茶の匂いが充満する取り調べ兼執務室からは脱出できた。

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3.劇作家

「オルディネーターです、先生!」
 一番弟子のカシウス・オルシニウスが慌てて、裏口からおんぼろ書斎に入ってきた。
「困ります、困りますよ」
「だまれ、そこをのけ! クズが!」
 家政婦との押し問答が正面の扉越しに聞こえたかと思うと、インドリル・ブーツの重い響きが迫ってくる。バーン。扉が完全に開ききらないうちに、先頭の仮面が喋った。
「おまえがニシュッカ・アナブーサルか!」扉が壁から跳ね返ってくるが、二人目のブーツがブロックした。「当局が把握したところでは、トリビュナールをおとしめる戯曲を執筆しているそうだな! これは真実に相違ないか!」
 劇作家は肯定も否定も即答できなかった。その金ピカの仮面をこんな間近で見たのは初めてだったからだ。…鼻の辺りの穴からもの凄く荒い息が漏れて、金箔に細かい水滴が出来てる…。もう垂れるぞ。
「神妙にいたせ。下手な真似をすれば、命はないぞ!
「えっ」視野がまだらにチカチカする。心臓の鼓動が、オーク・バーバリアンと鉢合わせした時より早くなる。過呼吸になりそうだ。自称“一番弟子”の少年に向かって、なんとか言葉を絞り出す。「夜馬車に」
「先生! 先生! 俺に触るなってんだよ! このっ、金ピカやろう!」
 少年はまだ師匠を裏口から逃がそうと引っ張った。
「元気のいいガキだ。おまえも叛乱分子の一員として牢屋に入りたいか」
 少年には仮面の下で唇を歪ませてニヤリとするダークエルフが透けて見えた。
 金色の仮面と武具で固めたオルディネーター達は、書斎の机や本棚をくまなく引っかき回し、目的のものを見つけた。
「これです」
「なるほど、異端のネレヴァリン思想だ」
 仮面の羽根飾り同士が触れ合って、まるで雄鳥が秘密の談合をしているみたいだった。
「明日は30分遅く鳴くんだぞ」
「オッケコゥ」
 一番弟子は勝手に出てきた寸劇を閉め出そうと頑張った。
「ネレヴァだよ! ヴィヴェク神のともだち。異端じゃない!」
 劇作家の下書きを盗み読みしていた弟子は異議を申し立てた。
「証拠は揃った。そいつを連行せよ」
「イエス・サー!」
「ちょっと! 旦那様をどこへ連れて行くの!」
 家政婦が食い下がる。オルディネーター達はそれには答えず、劇作家の首と両手首に枷をはめ、鎖を引っ張りながら、ヴィヴェク・シティーの法務院へ繋がる通路へ行進していった。

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2.三大名家の代表たち

 ヴァンジャーラというカジート商人が婚姻の儀に必要な一切合切を用意した。ロード・インドリル・ネレヴァーが、モラグ・マールまで彼女の同業者仲間パウアを連れて行ってやって以来の縁だという。
「んま、おどろくねぇ。あの人がネレヴァーだったなんて。でも思ったより怖い人でなくて助かったわよ。世間では生き神殺しとか言われてるのにね」

 パウアから取り寄せた花嫁衣装は素晴らしく、例えるなら、奴隷女を名家の淑女に変えるほどの魔力があった(言うまでもなく、我が妃は奴隷の出とは無縁である)。そうした魔力に頼らずとも、妃の可憐なカンベリーのようなお姿は、その場にいたアルゴニアンとカジートを除く全男性を魔法にかけた。

 式典は二つの月が満ちる珍しい夜に、港湾都市イボンハートで行われた。ここは帝国のモロウィンド植民における最重要拠点である。我らが殿、ネレヴァーは会した一同を静かに見回した。その赤い両目に真っ向から異論を唱えられる者は、この島には居ないだろうと、私は書記として全てを記録しながら感じていた。

 列席者には三大名家の代表と評議員の多くが含まれていた。我らがネレヴァーは生まれ変わりのネレヴァリンであることを否定し、なお且つトリビュナールの生き神を殺めたので、三大名家から戦時下の英雄“ホーテター”としての資格を認めて貰っていない。名家の彼らは意見を集約することはせず、協調する姿勢も一切みせていなかった。

「ヴィヴェク神の命を奪った時、おまえは運命の囁き声を聞いたはずだ!」レドラン一族のクルセイダー、ボルヴィン・ベニムが挑むように叫んだ。我がネレヴァーは式を遮ったその許されざる虚勢に静かに応える。
「あれか。私にはむしろ建て付けの悪くなった運命の扉がようやっとこじ開けられた音のように感じたぞ」

「フン、茶番以外のなにものでもありませんな! 失礼ながら、あんな小僧がカイメリの指導者だったなどと、誰が納得できると言うのですかね!」とテルヴァンニの大魔道士ゴスレンが、魔法で具現化された額縁の中から、吐き捨てるように続けた。実際に列席しているマウスの面々も口々に同意を漏らした。「実にけしからんですな!」

「そうでもなかろう。誰も退治できなかった第6名家に引導を渡してくれたのなら、喜ばしいことじゃ。ネレヴァー本人であるかどうかは放っておこう。あたしは支持を表明するよ、お若いの。我が一族と共にインドリル家を再興させようじゃないか」フラル一族の変人クラシアス・クリオが言う。イボンハートの公爵ベダン・ドレンはそれを浮かぬ顔で眺めている。

 再び静かな、だが芯の強い、恐ろしい声で、我が主ネレヴァーは言った。
「誤解をしてもらっては困る。私は誰にも認められる必要はないのだ、ご老体がた。ネレヴァーであることの証は、この肉体に流れる血が示すであろうぞ。疑う者は挑むがよい。我の血潮を浴びて確かめよ」

 それを聞くと、レドラン・クルセイダーは引っ込みが付かなくなった。自尊心が傷つけられた命知らずの若い衆も手を貸そうと立ち上がった。

 アリス・ユララニエ妃の顔はスローター・フィッシュに噛まれた時のように真っ青になった。伝承の通り、最強のカイマーであっても、ロルカーン・ウォー--ドワーフ族が地上から消滅した戦争である--の古傷が残っている。彼女は彼と寝所を共にしたときに、その傷を見た。それに、生き神から奪ったレイスガードを身に着ける際に、ネレヴァーは相当深手を負ったのだ。代表達はこれを知っているのだろうか。

 会衆はこのとき初めて、ドワーフの名工が作ったというサンダーの轟きを全身で感じた。このカグレナク製の片手持ちハンマーは、レドランの屈強なウォー・ダーゾグのごとき若い衆を一人また一人と潰していった。

「左手の籠手を狙え!」テルヴァンニの大魔道士ゴスレンが殿の弱点を突く。「それを奪えば、やつは自ら死ぬ!」

 殿は左手で短剣キーニングを鞘から抜くと、レドランの猛攻から左腕をかばった。死線を何度もくぐり抜けてきたネレヴァーに、砦での訓練がせいぜいの若い衆が実力で敵うはずはなかった。

 しかし、我がネレヴァーも古傷が堪えたのであろう。左腕への偶然の一撃が、たまたまレイスガードの手甲を直撃し、殿は振るっていたキーニングを取り落としてしまった。

 レドランのクルセイダーはしたりと、目の前の床に刺さった短剣を抜こうと手を伸ばした。
「いかん!」大魔道士ゴスレンが短く叫ぶ。「触るな!」

 遅かった。短剣を掴んだクルセイダーはその場で凍り付き、不死の者でなければ耐えることが出来ないという恐ろしい衝撃に体の内側から貫かれた。

 最期の猛ダーゾグを潰した殿は、クルセイダー・ボルヴィン・ベニムに近づくと聞いた。
「おまえはこのままだと死ぬ。短剣を取ってやろうか?」

 クルセイダーが目を大きく見開いたまま短く頷いたので、我がネレヴァーはそれに応じた。

 その場にいる全員が、ブルネッチのように床にうずくまった哀れなクルセイダーを見た。それ以上、慈悲深き我が殿に歯向かおうなどと考える者はいなかった。…少なくとも、公には。

                                                つづく

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